岐阜県岐阜市 印鑑の作成・販売は周山堂へ


印鑑の世界
日展入選までの道のり
代表社員 栗山 宣久
印影
「生活環境の中に、文字が常にあった」

と言うように、栗山が物心ついた時から、生活の中には文字があふれておりました。
それは、先代である父・栗山定二が昭和11年10月1日に「周山堂」を設立し、昭和25年に父が日展に入選したため。 しかしそんな生活環境の中にいても、栗山には周山堂を継ぐ気がありませんでした。
そして高校卒業後、東京の大学に進学した為、文字の世界から離れた暮らしをしていました。離れることで、あらためて文字の世界の面白さに気付いた栗山は、周山堂を継ぐことを決意。
「父に継ぐ意志を告げた時の事は今でも忘れません。これまで、将来について何もいわなかった父が、満面の笑顔で、嬉しそうに同意してくれたのです。やはり、後を継ぐ事を期待していたのでしょうね。」
篆刻
「死ぬまで修行」
21歳(大学4年生)から、大学に通いながら平行して篆刻を学ぶ。
某大手証券会社の内定を得るも辞退し、父の篆刻の師である小林斗盦(とあん・※篆刻の分野で16年度文化勲章受賞)先生の門下に弟子入り。それ以後、月曜日〜土曜日は周山堂で働き、日曜日は小林先生の門下生として川越まで通い、東京湯島聖堂で説文学の勉強をしたりと修業の日々を送りました。
最初の1年間で学んだのは、文字の成り立ちや、文字の組み合わせ、そして著名な人の印影を真似て彫る、「模刻(もこく)」など。これらをマスターして、ようやく自分の印を彫らせてもらうことができるのです。
入門して半年後、毎日展にチャレンジしますが、落選。
その悔しさをバネに、自分ならではの作品を模索し、下呂へ出奔。しかし、実際は、辞書と漢文の専門書を持ち込み、100以上の版下を、自分が納得いくまで書き続けました。
そして、昭和43年 毎日展入選、さらに同年、23歳で念願の日展初入選を果たしました。日展の際に、出展したことばは、漢文より抜粋した「萬馬暴追」。 群れをなした馬が荒野を走る−それは、まさに栗山のスタートを意味することばでもありました。

「日展入選の道のりで培った技術を、皆様の使われる印鑑に活かしたい。と思い、今まで努力して参りました。 芸術作品ではありませんが、お客様に末永く喜んでご使用頂ける印鑑を。と願い、彫刻できる事に 日々感謝しております。」
合資会社 周山堂
〒500-8814 岐阜県岐阜市今川町2-23 TEL 058-262-3315 / FAX 058-263-3047